大阪大学は、緒方洪庵先生の適塾「1838年(天保9)~1862年(文久2)」に淵源を有し、その後、医学部は明治維新後の1869年(明治2年)に大坂仮病院と大阪医学校に引き継がれてゆきます。外科教室は1881年(明治14年)、初代教授に熊谷省三先生を抱いて開設され、以来130年近くが経過しました。この間、1922年にはドイツからヘルテル教授が招請され、第一外科として新たな教室を立ち上げ、それまでの外科学教室を第二外科として小幡亀壽先生が担当することとなり、2講座制が発足しました。第一外科と第二外科はお互いに切磋琢磨しながら発展してきましたが、この間整形外科、微研外科(現在の乳腺内分泌外科)、麻酔科、脳神経外科、特殊救急部、小児外科などが分離独立しました。 本体の第一外科・第二外科についても、臓器別編成の流れがおこり、実質的に臓器別診療科となり、心臓血管外科、呼吸器外科、消化器外科、小児育成外科、乳腺内分泌外科に分かれて診療を行っています。2007年より再び外科学の各講座は大講座制となり一つにまとまり、大阪大学外科学講座として5診療科、6教授が就任し運営しております。

大阪大学外科の講座再編に伴い、5診療科がまとまった大講座の外科学講座として運用されるようになりました。連動する形で各講座の同窓会も発展的に統合しようとする機運が高まり、各診療科の同窓会がひとつの外科同窓会に統合されました。阪大外科には偉大な先輩方が数多くおられ、日本の外科学をリードしてきました。阪大外科学講座同窓会には阪大外科の伝統を継承していく使命があり、同窓会員一同が一致協力して我々の良き伝統を次の世代に引き継いでいくことを第一の役割と考えております。